言い訳
「もう! なんであんなヤツと契約するんスか!!?」
ボクの小さな彼女は、ズーっと隣で騒いでる。
「だよなあ。あの性格のままだったら、相当ヤバいよなあ」
「だ、だったら……!?」
「でも、あれだけの『言い訳』ができるんだ。面白そうだと思ってね」
「言い訳……っスか。そりゃ漫画家には、必要な能力っスけど」
「『どれだけ面白い言い訳ができるか』ってのは、漫画家にとっては重要な能力……芽美が言ったコトだからな」
「だけどそれは、漫画の中の話っス!! 森兼 明人は、現実世界で言い訳しまくってるっスよ!?」
「そうだなあ。でもカネちーはまず、夜吸さんに言われて企業漫画を描こうとした」
「1ページも描かずに、とん挫したっスけどね?」
「いやあ、実は芽美とカネちーが争っている間に、芽美が開けた机の引き出しの、下の引き出しを開けたんだ」
「た、鷹詞もワルっすねえ」「お互い様だろ?」
「で、なにが入ってたっスか? えっちな本とか?」
「いや、けっこうな枚数の、企業向け漫画が出て来た。表紙から何十ページかしかめくってないけど、夜吸さんの受けた企業漫画の内容と合致するんだ」
「へー、一応仕事はしてたんスね?」
「普通なら2ページ、多くても3ページで済む内容だ」
「そ、それで何十ページって、なにを描いてるっすか!?」
「サイケデリックな少年と、サイバーパンクな世界。それに、リアルに描き込まれた背景のビル群……」
「見てないから、何とも言えないけど絶対、企業漫画には必要ないっスよね?」
「もし、企業の担当者に見せたら、ドン引きだっただろうな。よほど、漫画を解ってる担当者なら別だが……」
「普通の漫画ですら理解されないのに、奇跡でも起きない限りムリっすねえ」
「でも……面白いと思った。カネちーは、本気で独善的な差別主義者を憎み、本気で漫画の世界観を突き詰めている」
「そ、そおっスか……。いけ好かないヤツっすケド、漫画に対する情熱はあるんスねえ。アタシの漫画を、あれだけSNSでデスってたのも、漫画家としての……こだわりが……あ~もう、やっぱムカつくっス!!?」
芽美はやはり、納得できない様子だった。
「あれだけの才能を、放って置きたくない……だから夜吸さんは、ボクに頼んだのかもな」
「ねえ、鷹詞。アタシとカネちー……どっちが漫画の才能あると思うっスか?」
「えええッ!? そ、そそ……それは!!?」
ボクの彼女は、いきなり超イジワルな質問をしてきた。
「いいっスよ、ムリしなくて。でも、やっぱ漫画で負けるのは悔しいっスねえ……」
「芽美……!?」
「もう、勉強しないとか、新しい絵柄に挑戦しないとか、逃げてる場合じゃないっス! 今に見てるっスよ。とんでもない漫画、描いてやるっスから!!」
ボクの彼女は、地下鉄の駅から飛び出すと、一目散に駆け出して行った。