究極の雑用係
次の日、夜吸さんがハネムーンとやらから帰って来た。
「なんだあ、チンケな契約料だなあ? スポンサー契約ならよ。もっとドカッと取れよ」
どうやら佐藤のサッカー漫画の、契約金額が不服の様だった。
「ボクの場合、お金か漫画かで言えば、完全に漫画なんです。漫画で連載を続ける環境を長くさせられれば、それでいいんですケドね」
場所は昨日と同じファミレスで、他のメンバーはいない。
「随分と、殊勝な心掛けだなあオイ?」
「営利に走ると、自滅しそうなんですよね。漫画で喰って行くって。けっきょく、漫画家も金も、今の人気も、全部失ってしまう気がして……」
「なる程……確かに、そうかもな。オレも、営利ばかりを追い求めて、中身がスッカラカンの連中が事業に失敗するのを、何度も見て来たからな」
夜吸さんはステーキの500グラムを平らげ、メロンソーダを飲んでいた。
「ま、経営者はお前だ。お前が好きにすればいいさ。だけどよ、そろそろ一人じゃ大変なんじゃないのか?」
「そ、そうですが、流石に人を雇う余裕は……」
偉そうに言ってはみたが、台所事情が厳しいのも事実だった。
「そうだなあ。会社を大きくしたいんなら、株式会社化して資金を募って……みたいな感じだろうがよ。そうでも無いんだろ?」
「ですね。ボクは、社長がやりたくて、こんなコトしてるワケじゃないんです。むしろ、社長なんて究極の雑用係なんじゃないかと……」
「ギャハハ……ちげーねーわ。今どきの中小企業の社長なんて、確かに究極の雑用係だわ」
すると、ファミレスのドアに付けられたベルが鳴り、大勢の女子高生と佐藤先生が入って来た。
「アレ……夜吸氏、もう新婚旅行から帰ってたっスか?」
芽美が真っ先、声をかけボクの隣に座った。
「おう、チビッ子。お前もそろそろ新連載、描けたのか?」
「チビッ子じゃないっス! もう、来月には載るっスよ」
「ところで何を話してたんですか?」
市川さんが聞いてきた。
「そうだなあ。ウチの雑誌を、大きくするかどうかって話だよ」
「え、大きくしちゃうんですか、お兄さん?」
「いや、ボクとしては、今のままがいいかなって……」
「よかったぁ。わたしも、今のままが良いです」
市川さんも、ホッとした表情をみせた。
「一人では、早く行ける。大勢だと、遠くに行ける……」
佐藤が、ボソリと言った。
「ど、どうしたんだ、佐藤。お前、熱でもあるのか?」
「ねえよ。オランダのことわざだ!」
どうやら、サッカー方面の知識らしい。
「心理かもな。一人で仕事をやれば、決定するのも自分だけだ。意思決定が早いから先手を取れる」
夜吸さんが言った。
「でも大勢でやれば、もっと凄いコトをできるかもです。一人じゃできないコトも、出来るんじゃないですか、佐藤先生!」
池田さんが、尊敬の眼差しで佐藤を見つめていた。