続けられなかった漫画
「芽美……お前、こんなところで、何やってんだ……」
夜の雨はまだ降っていたが、ボクの心は安堵感に満ちていた。
「お兄さんを、待ってたんスよ……」
芽美は、言った。
「そっか……ゴメンな。話をちゃんと聞いてやれなくて」
ボクはビショ濡れの服で、芽美を抱いていたのに気づく。
「悪い、濡れちゃったかな? 寒かったろ、アパートに入ろうか」
ボクはドアを開ける。
「アタシの漫画……もう、散々な言われようなんスよ……」
漫画に対して、ひときわ高いプライドを持っている芽美。
「そうだな……気付かなかったよ。でも、芽美の漫画は、そこまで酷い出来じゃない……」
「それ、傷付くっスね。やっぱ、佐藤先生の漫画には、相当劣るってコトっすよね」
「そんな、つもりじゃ……」「じゃあ、どんなつもりで言ったっスか!?」
芽美は、ボロボロと涙を零し、鼻水も出ていた。
「アタシは、サッカーにあんまし詳しくないし、雑誌の感じも解らなかったから、軽い感じで始めたんスよ……」「うん……」
「それなのに……お兄さん……佐藤先生にだけ、いっぱいアドバイスして、ズルいっスよ!!」
「だってアイツは、それまで何をやってもすぐに投げ出すヤツで、お前みたいにしっかりもしてなかったから……」
「でも、ネットのヤツらが言うように、佐藤先生の漫画はストーリーもしっかりしてて、キャラも立ってて、なによりサッカーをちゃんと描いてるっス。それってみんな、お兄さんがアドバイスしたコトッスよね!!」
芽美の言う通りではあったが、つい正論が口を突く。
「……雑誌に載せる漫画を良くするのなんて、当たり前のコトじゃないか?」
「だったらアタシにも、アドバイスして欲しいっスよ!? 市川のスノボサムライは言うに及ばず、萩原のヴァンパイア探偵にも完敗っス。アレも、お兄さんの原作じゃ無いっスか!!」
「ヴァンパイア探偵は、ずっと温めていた作品だ。萩原さんのリアル寄りな絵のスタイルに、合ってると思ったんだ……」
「アタシの絵じゃ……作風じゃダメってコトっスよね!?」
芽美は、雨の中を駆けだした。
「待て……芽美!?」
直ぐにボクも、雨の中へと舞い戻る。
車のライトが行き交う道路を、走り去る芽美。
「もう、二度と見失わない!」
ボクは、必死に彼女を追った。
夜の公園の辺りで、芽美を捕まえる。
傘もささずに、ズブ濡れの二人。
「アタシ……アタシの描いたあのコたちを、幸せにしてあげられない……」
それは、彼女の描くサッカー漫画の、キャラクターたちのコトだった。
「もう……終わらせよう……」
ボクは芽美を、うしろからギュッと抱きしめる。
「アタシ、もっと……あのコたちと一緒に居たかった……もっとあのコたちの未来を、描きたかったっスよおおぉぉーーー!!!」
小さな漫画家の叫びは、夜の雨にかき消された。