緊張すると……
「あの……その髪、どうしたの?」
ボクは、目の前の黒髪の市川さんに、質問した。
「じ、実はですね。お母さんに、企業の偉い人と会って、漫画を連載する打ち合わせや契約をするって、言ったんです」
市川さんの前に、パンケーキが運ばれて来る。
「そしたら、『企業の偉い人と会うのに、そんな茶髪でどうすんの』とか、言われちゃって……黒くしました」
「そっか。市川さん的には、良かったの?」
「良くはないですケド、昔はこんな感じだったんですよ。原田も、こっちのが見慣れてると思います」
「そういえば中学は、芽美と同じ中学で、漫研やってたんだよね?」
「正式な部活とは、認められてませんでしたケド」
「ところで、漫画についてだケド、たぶんかなり要望を出されるんじゃないかな」
「わ、わたしも、そう思います」
市川さんは、メロンソーダをすすった。
「あまり、企業の要望を聞き過ぎると、漫画の面白さが消えてしまうからな。ボクもフォローするから、しっかりとこちらの意見も言おう」「は、はい!」
昨日、スマホに出た時も緊張していたが、今日はさらに緊張していた。
「とは言え、企業の商品を、悪く描いちゃダメだからね」
「た、例えば、どんな感じですか?」
すると今度は、ストロベリーパフェが運ばれて来る。
「そ、そうだなあ……まずは、スノボサムライの乗ってるボードが、今回契約する企業のオリジナルブランドの物に変ると思うんだ」
「不自然じゃないですか?」「例えば、ヒロインのコに、お店に誘われて勧められるとかで、次回から変えられるよね?」
「あ、そうですね。丁度、ストーリーも、ひと段落付いたところですし」
市川さんは、ピザを食べながら言った。
「で、スノボサムライが大会に出たとして、難コースでスノーボードが壊れてしまうが、自分の技量で切り抜けて、優勝する……みたいな?」
「スノーボードの性能に助けられるならともかく、壊れちゃマズいワケですね?」
「スポンサー企業のボードだからね」
「市川さんは大丈夫だと思うケド、芽美辺りなら容赦なく壊しそうだからな」
「容赦なく、壊しますね」市川さんは、即答した。
「芽美は、漫画の面白さ最優先だからな。ま、今のところ、芽美に契約は来てないし、問題は無いんだが……」
「最近、ネット漫画雑誌、上手く行ってますよね?」
市川さんは、シフォンケーキをフォークで刺す。
どうやら彼女は、緊張を食欲で和らげるタイプのようだ。
「そ、そうだね。市川さんの『スノボサムライ』、佐藤の『本格派サッカー漫画』が双璧だったケド、萩原さんが描いてる『ヴァンパイア探偵』も、人気出てきたな」
「アレ、面白いですよね。ほぼ、女子高生姉妹がメインで、話しが進んでますケド」
「ヴァンパイア探偵自体は、助っ人ポジだからね。出てきたら、事件が解決しちゃうから、それまでに双子姉妹に、証拠や証言を集めさせないといけないから、大変なんだよ」
「お兄さん、企業との打ち合わせに、シナリオ原案まで始めちゃって、体大丈夫ですか?」
「あ、ああ。今までダラダラした分、働いてる感じだよ」
……とは言ったものの、流石に一人じゃ、限界が近いとは思っていた。