市川さん
その日、ボロアパートに帰ると、ボクのパソコンに大量にメールが届いていた。
その多くは、今日行った企業である、総合スポーツ用品ショップからのモノだ。
「やっぱ、大手企業ともなるとスマホより、パソコンにメールを入れてくるのか。ボクが居ないときに、重要なメールが届くと大変なんだが」
内容を確認すると、宇津井さんから契約内容を確認するメールと、社長さんから挨拶のメールも届いていた。
「こっちも、返して置くか。えっと、文法は……」
ビジネスの形式文章の書き方は、ネットにいくらでも乗っていた。
「アレ? これは、女性社員からだ。今日読んで、スノボのサムライさんと、サッカー漫画の主人公が好きになりました……だって。さっそく、ファンになってくれたんだ」
内容が仕事と離れていたので、多少フランクに寄せたメールを返す。
「あ、宇津井さんから、返信だ。えっと、細かい打ち合わせをしたいから、スノボ漫画の作者に会えないか……だって?」
ボクは、市川さんにSNSで連絡を入れてみた。
「うお、早!!?」瞬時に着信音が鳴る。
「さ、ささ……三十万で、連載契約ってホントですか?」
「ああ。でも残念ながら、ウチに入るのは二十万だ。夜吸さんに紹介料や諸経費で、十万を支払うとボクが決めた」
「そ、そうですか。で……でも、結構な、金額ですよね?」
「でも、こっちでも、みんなに分配しなきゃならない。大丈夫かな?」
「は、はい。高校生ですから、あまり大金をいただくのは、ちょっと……」
市川さんは茶髪ではあったが、根はマジメなコだった。
「ちなみに、宇津井さんが担当なんだケド、漫画家との契約なんて、前代未聞らしくてさ。書類だの、評価システムがどうのとか、色々と大変みたい」
その打ち合わせは今日の昼間、夜吸さんと宇津井さんとで、必死に詰めていた。
「宇津井さんと会うのは、一応あさってを予定してる。冬シーズンがメインの会社だから、夏の今は比較的ヒマらしいんだケド、それでも忙しい人でさ」
「了解です、あくまで予定ってコトですね」
「ああ、理解が早くて、助かるよ」
「そ、それで、ですね。い、いきなり企業の人と会うのって、緊張します。できれば明日……いつものファミレスで会いませんか?」
スマホから聞こえる市川さんの声は、既に緊張していた。
「ああ、解ったよ。先に何か頼んで食べてるから、授業が終わったら来てくれ」
「わ、わかりました」
ボクは電話を切った。
次の日、ボクはファミレスで、ドリンクバーと、山盛りポテトフライを注文した。
しばらく待っていると目の前の席に、黒い髪のオカッパ頭の少女が座った。
「ゴ、ゴメン……この席、待ち合わせをしてるんだ。だから……」
「あの……やっぱヘンですか?」少女は言った。
「ア、アレ? もしかして……市川さん!?」
黒髪の少女は、市川さんだった。