「あ、ああ。市川さんも居るんだ」
二人に、ネット漫画雑誌の休止を言うつもりだったボクは、戸惑った。
「お隣は、お友達さんっスか?」
「ああ。大学で知り合った佐藤だよ」「ど、ども・・・」
佐藤が雄弁を振るえるのは、ネットの世界だけだった。
「市川さん、ゴメンね。成績が下がったんだって」
「い、いえ。お兄さんのせいじゃありません。わたしの努力が足りなかったんです」
市川さんは、やはり良いコだ。
「いや、ボクの配慮が足りなかったんだ。だから、ネット漫画雑誌はしばらくの間、休もうと思ってるんだ」
卑怯だとは思ったが、勢いに任せて言ってしまった。
「はあ、何言ってるんスか? いきなり言われても、困るっス」
「そ、そうですよ。今回のテストは、成績落ちちゃったケド、次は頑張りますから」
「今回のテストだけの話じゃない。キミたちは、女子高生なんだ。人生で一番・・・」
「いい加減にして欲しいっス。こちとら、人生に一番大事な時間を、漫画に賭けてるっス。生半可な気持ちで、やってないっス」
「わたしも、そう思います。それに、イリヤだって!」
ボクは原田妹から、イリヤがフランスに帰ったと、聞いていた。
「でも、イリヤさんは・・・」「何言ってるっスか? 世界中にインターネットが張り巡らされてるこの時代に、漫画の作業っだって分業できるっスよ?」
市川さんはカバンからスマホを取りだし、ボクに見せた。
「あ、イリヤさんだ・・・。アレ、なんかシャワー浴びようとしてるよ?」
イリヤは、スマホの向こうにいるのが市川さんだと思ってか、艶やかな視線を振りまきながらシャワー室に入って行った。
「お、お兄さん、何見てるんですか。不潔です!」
「い、市川さんが見せたんだよね?」
「まあ、こっちが昼間の三時っすから、向こうは朝の七時くらいっすかねえ?」
「寝ぼけて、頭が回ってなかったんだな」
フランスと日本の時差に、改めて気付かされる。
「とにかく、ネット漫画雑誌はこれからも続けるっス。いいっすね」
「は、はい」気弱で優柔不断なボクは、あっさり押し切られた。
「んじゃ、ウチらは勉強があるんで、失礼するっス」「勉強?」
「うるさいっスね。補修っスよ」
市川さんの落ちた点数よりも、原田妹の点数の方が悪かったらしい。
「これでわかったっスか? アタシには、もう漫画しか残されて無いんスよ」
寂しそうな眼をしながら、原田妹は去って行った。
市川さんも、慌てて後を追う。
ボクもコーヒーの紙コップが、とっくに空である事に気付いた。
「オレらも、そろそろ行くか?」
けれども、佐藤は動かなかった。
「なんだよ、リア充かよ?」「き、急にどうした、佐藤?」
「お前、ニートとか言ってるケド、全然ちげーじゃん」
「いや。最近はフリーランスの仕事も、あまり無くてだな」
「今はたまたま無くたって、稼げたときはあったんだろ?」
「ま、まあな」
佐藤は、カッコよさとは正反対の捨て台詞を吐いた。
「ニート、ナメんな!」