漫画の精密描写
夜吸さんは、相変わらずテキトーなコトを言いながらも、ボクたちを本当に焼き肉に招待してくれた。
「やっぱ、お前は使えるわ。まあ、喰え。市川ちゃんも、遠慮しなくていいよ」
「は、はい。では、いただきます」
市川さんも、緊張の糸がほどけたのか、夜吸さんが注文する焼き肉の皿を、ドンドン空にした。
焼き肉以外にも、ビビンバやスイーツなども、うれしそうに口に運ぶ。
「よ、よく喰うな、市川ちゃん!?」
「昨日もファミレスで、たくさん食べたたケド、そんなに食べて大丈夫?」
「はあ。打ち合わせが終わって、ホッとしたんで、つい……」
市川さんは、ようやく自分がたいらげた、皿に目を向けた。
「あ……あの、実はわたし、太りやすい体質なんです……」
「そ……そう? 」
「お、お兄さん……どうして止めてくれなかったんですか?」
「え、いや……うれしそうに食べてたから?」「ヒ、酷い!?」
ボクは女の子の逆鱗が、どこにあるのかすら解らなかった。
家まで歩くと言い出した市川さんを、強引に地下鉄に乗せ家まで送る。
その頃には、日が陰っていた。
「さて、今日はもう寝たいところだケド、萩原さんの『ヴァンパイア探偵』の原作者はボクなんだよな。締め切りから逆算すると、明日には渡したい」
ボクは、ボロアパートでパソコンに向かった。
「う……も、もう朝か? 原稿は終わったケド、メール来てるな……」
パソコンに、宇津井さんからメールが届いていた。
「夜吸さんも言ってたけど、スノーボードのデザインって複雑だから、いちいち描いていたら、女子高生の市川さんには時間的に厳しい」
ボクは宇津井さんに、ボードの写真の使用許可を打診していた。
「解ってくれるかなあ。ボードを描くだけで、丸一日かかる場合もあるからな」
メールを開くと、写真にも著作権があり、少し時間が欲しいとのコトだった。
「ま、まだ望みはあるか?」
もし写真の使用許諾が下りない場合、ボクが描くのが一番てっとり早いと思っていた。市川さんは、女性にしてはリアルな絵もカバーできる実力がある。
けれども動きの多い、少年漫画的な描写は、やや苦手としていた。
「動きの多い漫画で、面倒臭いデザインのボードを……ね。描くにしても、リテイクとかされなきゃいいケド」
ボクは思い足取りで、打ち合わせに向う。
案の定、写真の使用許諾はまだ未定だった。
「とにかく漫画において、精密描写は時間がかかってしまうモノなんです。どうか、お願いいたします」
社長と専務にも頭を下げる。
とくに、専務はいい顔をしなかった。
数時間の会議に参加した後、ボクは萩原さんに会って原稿を渡す。
「お、お兄さん……疲れてない!?」
彼女は言った。