森兼 明人
「その漫画家って、誰なんですか?」
ボクは夜吸さんに質問する。
「前言ってなかったけか? オレが漫画の依頼を受けて、締め切りどころか全然描けずに逃げ出したヤツのコト」
「ああ、その話の人ですか」
「いややいやいやいや、なにしれっと進めてるっスか!? そんな締め切りも守れないような人を、どうしろって言うんっスか?」
「そうだなあ。正直にいうと、才能はあるヤツなんだ。ただ……」
「ただ?」「ただっス?」ボクと芽美は、同時に問いただした。
「人一倍、言いワケをするヤツだ……いや、人十倍かな?」
「夜吸氏、自分でなに言ってるか、わかってるっスか!?」
「わかりました。会ってみます」
ボクは、夜吸さんの意見を受けた。
「チョ……鷹詞、なに言ってるっすか!?」
「まだ、採用するとは言ってないよ。会って、どんな人か確かめてみる」
正直に言えば、言いワケをするヤツは、大勢見て来た。
ただ……自分が何もしない為の言いワケ。
辛い現実を、先送りしたいが為の言いワケ。
「どんな言いワケをする人か、楽しみだ」
夜吸さんは、ボクに彼の連絡先とプロフィールを送ってくれた。
翌日、市川さんの漫画の打ち合わせを終え、近くのコンビニでサンドイッチをほおばりながら、夜吸さんから受け取ったプロフィールを確認する。
するとフードコートに、芽美が現れた。
「あれ、今日はどうしたんだ?」
「鷹詞がヘンな契約しないか心配だから、ついてくんスよ!」
「でも、自分の漫画はどうした?」
「キャラは、アニメのアレンジで決まりっスけどね。実際に、ネット漫画雑誌の一部始終を描こうとすると、鷹詞の取材をするのが一番なんス」
「なる程……一理あるといえば、あるのか?」「あるっス」
コンビニを出ると、芽美はボクの左腕に纏わりついてきた。
秋の様そうにはほど遠かったが、何となくのデート気分も味わいながら歩く。
「ところで……どんな名前の人っスか?」
「名前は、森兼 明人。夜吸さんの幼馴染みらしいが、末依先生は知らないって言ってたな」
「するってえと、高校以前の付き合いの線が濃厚でやすね?」
「なんで、おかっぴきみたいな喋り方になってんだよ。でもまあ、可能性は高いな」
ボクたちは、一戸建ての前に立っていた。
「こ、ここっスか? 思ったよりか、普通の一軒家っすねえ?」
「両親と、三人暮らしらしい……アポは、夜吸さんが入れてくれたみたいだ」
ボクは、家のインターフォンを押した。
「あ、ヤっくんからの紹介の人ね。さ、上がって、上がって」
ボクはたちは、いきなり二階の森兼さんの部屋の前に通される。
「オイ、ふざけんな、ババア!? 誰が勝手に……」
中から怒声が聞こえる扉を、ボクは開けた。
そこには引きっぱなしの布団と、数々のフィギュアと、意外を美形な男の姿があった。