「やっぱ、漫画を自分で描くのって、大変だよな」
翌朝起きて、朝一番にそう思った。
「ラノベであったなら、いきなり可愛い女の子が現れて、漫画を描いてくれるんだろうか?」
歯を磨きながら、そんな事は現実には起きないと、鏡の向こうの自分が言っていた。
「ま、現実は厳しいよな。とりあえず、佐藤と原田を誘って、ハンバーガーでも食うか?」
ボクは、短期バイトで貯めた小遣いを握って、ハンバーガーショップに乗り込んだ。
「珍しく朝早いな、おい。まだモーニングセットやってるぞ」
原田だけが、席に座って待っていた。
「佐藤は?」「今日、面接だって」「え、どこの企業?」「バイトに決まってんだろ」
ボクはモーニングセットを注文して、原田の前に座った。
「で、どうよ? ネット漫画雑誌の方は、進んでるのかよ?」
原田が、嫌みな目をボクに向ける。
「判ってんだろ? そんなに簡単には行かねえよ。漫画を描いてみたケド、実際に描くのも、CGもけっこう大変なんだよ」
「だろうな」「それに誰かに頼んで、漫画を描いてくれってのもなあ。載せるサイトすらできてないのに」「全然ダメじゃん」
原田の指摘は、いつも短くて鋭い。
「そう言うなよ。ネット漫画雑誌って言っても、実際には漫画の載ってるホームページだからなあ。CSSだの、HTMLだの、色んな言語を覚えないといけないんだ」
「ふぅん」
原田は、やる気の無い返事をしただけだった。
「で、どうすんよ? 諦めるの?」「あ、諦めたくはないが・・・」
すると原田は、思いがけない言葉を口にした。
「ウチ、妹が漫画描いてるけど、お前のコト話したら、会ってもいいって」
「え、妹? お前、妹いたのか」「前にも話したろ」
晴天の霹靂だった。
「ち、ちなみに美人?」「オレに似てる」「そ、そう」
そこまで都合良くはなかった。
「でも、なんでオレなんかに会いたいんだ?」
「さあな。ウチの妹、中学時代から、同人活動してるからな。サークル入って、コミケで同人漫画を売りさばいてるみたいだ」
「ひょっとして今は、女子高生」「肩書きだけはな」
ボクはハンバーガーショップを出ると、原田の家についていった。
さすがに部屋には入れてもらえず、リビングで待っていると、原田にそっくりの女子高生が現れる。
ちなみに原田は、陰キャのパーツを寄せ集めた男だった。
「ど、どうも。あなたが原田の、妹さん?」
「ども、自分も原田っスけど」
「ボ、ボクが漫画雑誌を創ろうとしてるの、聞いてるよね」
「はあ。漫画描いたことも無いクセに、ナメてんのかって話っスけど」
彼女はボクとは、一切視線を合わせなかった。
「んで、雑誌の方は上手く行ってるんスか?」
「ぜ、全然」「使えないっスね」「酷いな、キミは」
「で、誰かに漫画を描いて欲しいんスよね?」「ま、まあね」
「自分、描いてやってもいいっスよ?」「え、ホント!」
思いがけない朗報が、向こうから飛び込んできた。
「ただし、お兄さんを使わせてくれたらっス」「ボ、ボクを?」
「最近、漫画の主人公がマンネリなんスよ」
「つまり、ボクをモデルにしたいってコト?」
ジャージ姿の女子高生は、コクリと頷いた。
「そ、そんなんで良ければ。でも、格好よく描いてくれよ?」
「とーぜんっスよ。お兄さん程度の凡庸な顔じゃ、相当盛らないと売れないっス」
「キミ、ホント酷くない?」
「こっちも、半分は趣味ですが、半分は商売でやってるんス。読者を意識しなくてどーするんスか」
ボクは原田の妹に、こっ酷く叱られる。
「お兄さんは人も好さそうだし、とーぜん受けっス。孕んでももらうっス」
「え?」
ボクは妹さんの言っている言葉の意味が、まったく解らなかった。
「ま、まあ言ってるコトはよく解らんが、いいよ」「なら、商談成立っス」
予想外に事が運んだ。
ボクは、ネット漫画雑誌の制作に、集中する事にした。
玄関で見送る妹の向こうで、原田が生暖かい視線をボクに向けているのだけが気になった。