新たな漫画の運命は、一本の鉛筆に託された。
「それじゃあ行くっスよ。エイッ」
原田妹が、机に鉛筆を転がす。
「あ、3だ」「トロワ?」
「やったっス。舞台は、マウナケア山に決まりっス」
「いやいやいやいや。それ、どんな舞台だよ。おかしいだろ?」
ボクのツッコミも気にせずに、原田妹は紙にアイデアを走らせる。
「次は、主人公っス。性別から性格から容姿まで、好きに決めていいっスよ?」
「じゃあ、高校の先生。スノーボード部の顧問って、どうかな?」
市川さんも、原田妹のペースに巻き込まれていた。
「男っスね。年齢はっス?」「うん、年齢は二十四歳」
「なかなか良いと思うっス。選ばれるといいっスねえ?」
「つぎは、アタシね。やはり男ォーで、サムラーイでーす」
「サムライって、イリヤさん。現代劇だよ?」
「別にそんな設定は無いっスよ」「だって、スノボは現代の・・・」
「漫画なら、何だってありっス」
確かにそんな気もした。
「頭、茶筅髷ゆってーるね。三十八歳のショーユ顔ね」
イリヤの覚えてる日本語は、マニアックだった。
「それじゃあオレは、マンガ好きの女子高生・・・」「うわあっス」
「なんだよ、そこで『うわあ』って言える立場か?」
アイデアが六つ、出たところで鉛筆が回される。
「オーララ、サムライ選ばれましーた。やっぱサムライ、さいきょーね」
「おいおい! マウナケア山でサムライが、スノボって・・・」
ボクは思わず絶句した。
「んじゃ、最後はヒロインっス。十二人姉妹ってのはどうっスか?」
「宇宙人の女の子が、地球の女の子に憑依するとか?」
「海賊の女の子ね。サムライ、海賊、さいきょーね」
「そんなバカな・・・ヒロインくらいは、ちゃんとしないと」
このままではとんでもない漫画が、出来てしまいそうだった。
「大型スポーツ店でバイトする、平凡な女子高生」
結局、最後のダイスならぬ鉛筆ロールは、ボクの案が採用された。
「んじゃ、十二人姉妹と、宇宙人に憑依された女の子と、海賊の女の子は、脇役として出すっスか?」「いや、止めとこう」
「じゃあ、話しは決まりっスね?」「いや、どー考えたって、厳しいだろ?」
「何でっスか?」原田妹は、真顔で返してきた。
「だって、ハワイのマウナケア山で、サムライと普通の女子高生が、スノボっておかし過ぎるだろ?」
「まだまだっスねえ?」原田妹は、シャーペンを鼻の頭に乗せて言った。
「たとえば、家族旅行でハワイを訪れた女子高生のヒロインが、マウナケア山に登って遭難しそうになるんっスよ?」「ま、まあ確かに、家族旅行で観光地に行くのは、よくある事だが・・・」
「マウナケア山は、一面の銀世界っス。なんせ富士山より高い山っスからねえ」「そんなところに、女子高生が登るのか?」「きっとアウトドアなん派っス」
「そこーで、サムライ見つけるね?」「そうっス」
めちゃくちゃな話だと思ったが、マンガっぽくも思えた。
「雪の中に埋もれる、見慣れない格好の男を見つけるのね。そこでヒロインが男を揺り起こすと、男は刀を向けるの。でも、敵意が無いとわかって、刀を収める男。そこに突如として雪崩が発生し、二人を飲み込もうと・・・」
市川さんは、完全におかしなモードに入っていた。