「そ、そこだけって、どういう意味?」
ボクは、戦々恐々となりながらきいてみた。
「えっとっスね。例えばサラリーマンを目指す主人公が、いたとするっス」
「うん」ボクは地味な設定だと思いながら、頷いた。
「でも素人さんって後先考えず、フリーランスを目指す方が面白そうって言ってくるっス」「グッ!」
それはボクの頭に過った考えだった。
「そ、それのどこが問題だったりするんだ?」
「大問題っスよ。だって主人公っスよ。脇役ならともかく、こっちは主人公がサラリーマンになる話を考えてるっス」「だ、だろうね?」
ボクは、問題の居所が解らなかった。
「サラリーマンだったら、課長と居酒屋で口論になるとか、営業に行って自分を大きく見せすぎて、先方を困らせたりとか、考えてるっス」
「ずいぶんと渋い設定だな。よくキミの年で考えつくな」
「でも、フリーランスを選んだ時点で、全部ボツっス」
「な、なる程」
ボクはようやく、彼女の言っている意味を理解した。
「つまり一つの分岐が、その後の展開に大きく影響するってコトかあ」
フリーランスを選べば、サラリーマンストーリーでの設定が使えなくなるのだ。
「当たり前っスよ。だって、人生なんだから、決断が重要なのは当然っス」
「人生って・・・漫画のキャラじゃないか。描いてるのはキミだろ?」
「え、違うっスよ? 決めてるのは、アタシじゃないっス」
「じゃあ誰が決めてるの?」「だから、キャラっスよ」
ボクにはそろそろ限界だった。
「キャラって、漫画の主人公が?」「まあ、主人公に限らずっス」
原田妹は、足を投げ出して人差し指を立て、持論を展開する。
「決めてるのは、漫画の中の登場キャラっす。漫画家ってのは、それを描いてるに過ぎないんスよ」
いよいよ宗教染みてきた。
「漫画家ってのは、漫画の中の住人から見れば、いわば神っす。でも、神にすべて決められる人生なんて、面白いと思うっスか?」
「それは・・・思わない」
原田妹の言葉は、現実世界の自分にも重なる辛辣さを持っていた。
「だから漫画の世界の中の、一人の人間だったらどうするかって考えるっス」
「な、なる程」「漫画ってやっぱ、リアリティが大事なんスよ」
「うん、いくら漫画でも、余りに現実離れしたのは・・・」「全然OKっス」
「え? でも今、ダメって・・・?」
「漫画のリアリティって、現実的って意味じゃないんスよ」「はあ?」
「解らないっスかねえ? 例えば主人公が片手で地球を割れる漫画でも、その漫画の世界でのリアリティがあれば全然OKっス」
今度は哲学染みてきた。
「主人公が変身して空を飛べる漫画でも、その世界でのリアリティがちゃんと描かれていれば読者は問題なく読むっス。でも、いくら絵がリアルでも、話が薄っぺらで、世界のリアリティが無いと、評価されないんスよ」
「う、ううううううんん」
ボクにはまだまだ、漫画を解ったなんて言う資格は無いと思った。