青色申告
ボクは、山口さんと税務署に入った。
税務署の建物は、建てられてからかなりの年数が経過していたが、昔ながらの重厚感があった。
「まずは、お兄さんの立場ですが、今風に言えばフリーランスですが、税務署的に言えば『個人事業主』になります」
「だ、だよねえ。それくらいは、かろうじて解るよ」
「個人事業主には、収入があれば納税する義務があります。普通に税金を納める方法もありますが、経費を計上できる青色申告をしてみましょう」
「青色……確か、パソコンとか買うと、経費で落とせるとか聞いたコトあるな?」
「はあ、まあそんな感じです」山口さんは、ため息を付いた。
「パソコンと言っても、全額落とせる場合もあれば、お兄さんみたく個人としても利用しているのであれば、全額は落とせない場合もあります」
「個人で利用……って、あ、あれはその……!?」
ボクは、パソコンの中の大量のアレな画像を、山口さんにも見られたコトを思い出した。
「今は、そんなコトはどうでもいいです!」山口さんは、顔を赤らめる。
「それより、領収書とかちゃんと取ってありますか?」
「ああ……言われた感じで、クリアファイルに整理してあるよ」
ボクは前に山口さんに言われた通り、クリアファイルの1ページを一ヵ月として、その月に支払った領収書などを放り込んでいた。
「本来であれば、青色申告のできるスマホアプリの方が便利だったりしますが、まあ最初はアナログでやった方が、税制がどういったものか理解できると思いますよ」
「そっか、ありがとう。やっぱ、経験者がいると頼りになるな」
「べ、別に、これくらいは、自分でやれるようになってください」
「うう……なんか税金って複雑で、大変だよ」
「所得があれば所得税、黒字であれば法人税も払わなければなりません。まずは領収書や請求書を時系列で、複式簿記で記載……」
「グハアッ!!!」
ボクは、税制について色々と聞かされ、頭がクラクラしてきた。
「はあ……窓口に立つ前にこんなんで、大丈夫かしら?」
その後、ボクは窓口に並んだ。
受付のお姉さんからも、似たようなコトを聞かされる。
「屋号は、どうされますか?」お姉さんが言った。
「屋号って?」「例えば、はやし歯科とか、伊藤菓子店みたいなヤツです」
「うちは雑誌名か? 他と同じだとマズイんだよね?」
「商標登録とは違います。はやし歯科も、伊藤菓子店も、日本中にはけっこうありますよね? 屋号は同業種や同地区に、同じ名前がなければ大丈夫なハズですよ」
山口さんは、高校生には思えないくらい税制に詳しかった。
一通りの説明をされ、ボクたちは税務署を後にする。
「ねえ……山口さん」「なんですか?」
「個人事業主や、小規模会社の社長って、究極の雑用係なんじゃない?」
「税理士を雇えない小さな会社の場合、年度末は地獄だったりしますね」
「それ……ウチなんじゃない?」「はい」
ボクは、気軽にとんでも無いコトを始めてしまったのだと思った。