探偵モノ
「でも、背景にデジタル素材を使えるとなると、作業が一気に楽になりますよね?」
今井さんが言った。
「そうだね、背景ってマジで描くの、時間がかかるからなあ」
「それに、上手く描けませんしね……」「確かにね」
休息を終えたわたしは、スマホで過去の自分の作画を見る。
「……お兄さんの原作のヴァンパイア探偵って、もっとリアルな背景の気はしてたんだよね。やっぱ写真から起こした線画の方が、しっくり来る……」
「ほほう?」今井さんが、流し目でわたしを見ている。
「だからその話は、オ・シ・マ・イ!」
わたしはキャラの作画をしながら、後輩の話題を変えようと試みた。
「少年漫画って、どうかしてるくらい背景が描きこまれてたりするよね?」
「アレ、ほぼ製図ですよ。ベテランのアシが、三日かけて描くって話も聞きますし」
「ベテランのアシって、一日平気でニ~三万だろ? 背景だけで六万とか、採算合うのかな?」
「合わないって聞きますよ。赤字の漫画家も多いらしいですし」
「ウチらも、学生だから親に食べさせてもらってるケド……」
「プロになったら、大変ですよね……」
「でもその点、ウチらってセミプロみたいなコト、やらせて貰ってるからね。他の同人描いてるコたちより、恵まれてるよね」
「ソレなんですよ。わたしも自分の作品を、描きたいです!」
「構想は、もうあるの?」
「そ、それが……探偵推理モノを描きたいとは、思うんですが……」
「同じ雑誌で、ジャンル被りすると……原田の例もあるからなあ」
「そ、そうなんですよ。正直に言って、自分に『ヴァンパイア探偵』を超える作品なんて、描ける気がしません!」
「珍しく弱気だなあ? とは言え、原作を貰ってるから言えるのか」
「いいなあ。やっぱできる男って、惚れちゃいますよね?」
惚れてしまったわたしは、顔を真下に向ける。
「ハイハイ。もう好き勝手言ってな」
「でもわたし、子供の頃から探偵だとか、推理サスペンスに興味があったんです」
「もしかして、有名なアニメや漫画になってるアレ?」
「た、確かに入りはソコですけど、今はアニメの下敷きになった原作の推理小説も読んでますよ!」
今井さんは、大人っぽさと無邪気さが、同居したような性格だった。
「でも正直、推理モノって漫画にしろ小説にしろ、メチャクチャ考えるの大変そうじゃない?」
「そうなんですよ!? 原案を何本か描いてみたり、色々と研究もしてみましたが、全然ダメでした……」
落ち込む後輩だが、だからと言って推理モノの描き方なんて解らない。
「ところで今日は、午前中から作業積めだったからな。午後はちょっと、電気街行ってみない?」
「あ、ソレいいですねえ」
パソコン好きの後輩の表情は、一瞬で晴れた。