卒業
「ええ!? 山口、漫画辞めちゃうの!?」
大野さんは、親友の言葉に驚きを隠せない。
「そうね、もう高校二年の二学期だし、来年は大学受験だからね……」
山口さんは少し寂しそうにしながらも、ドリンクに手を伸ばす。
「そっか、やっぱ原因はお兄さんなんだ……」
「ブフォ!?」
飲んでいたタピオカドリンクを吹き出す山口さん。
彼女の周りから、猫が一斉に逃げ出した。
「な、何を言っているのかしら、このコは……!!?」
慌ててハンカチで、服やテーブルを拭く山口さん。
「聞いて無かったの? 理由は大学受験って……」
「山口もさ、お兄さんのコト好きだよね?」
「なな……なにを言っているのかしら、このコは……お兄さんは、原田と付き合ってるのよ!?」
「ずいぶん、慌ててるね」「慌ててないわよ、別に……」
山口さんも、大野さんがたまに放つ、真意を射抜くような言動には適わない。
「まったく……何でわかっちゃうかなあ。顔に出てた?」
「そうでも無いケド……古い付き合いだしね」
「アンタとは、幼稚園の頃からいっしょだったしね」
「でも、お兄さんが好きなのは、わたしだけじゃなくて……」
「市川さんと、萩原も好きだよね」
大野さんは、言い切った。
「勉強も運動もぜんぜんなクセに、恋愛については何でそんなに敏感なのかしら?」
「さあ。わたしも、お兄さんが好きだから……かな?」
「ええ、アンタもなの!?」
驚きっぱなしの山口さん。
「わたしの場合は恋愛ってより、あんなお兄さんがいればなあ……って感じかな。漫画のネームも、真剣に見てくれたし」
「後輩の前で、泣いたんでしょ、アンタ」「う、うるさいなあ」
大野さんは、太いストローでタピオカドリンクをすすった。
「でも、せっかく漫画も描けて、山口に追いつけるかって思ったのに……」
「アンタも、成績だいじょうぶなの?」
「わたしは元々、勉強も苦手だから、大学もそんな上の方狙ってないし」
「将来の目的って……アンタには、無いわよね」
「それが、できれば漫画家を目指してみようかって思ってる」
「ええ……漫画家を!?」
「わたしの場合、4コマだケド、やっぱ漫画描くのって楽しいんだ」
「そっか……なんか最近、アンタも変わった気がしてたのよね」
「でもまず、漫画を完成させないと」
「そうだね。スケッチ見せてみ?」「はい、こんなだケド……」
「まず、遠近法とか、パースの勉強しないとね……」
「ええ、そ、そんなぁ~!?」
漫画を描く人間にありがちだが、キャラを描くのは好きでも、背景を描くのは苦手で嫌いな人も多いのだ。
それから山口さんは、ボクに漫画を辞める旨を伝えて来た。
律儀で真面目な山口さんらしく、2ヵ月分の漫画のストックをボクは受け取る。
「今まで、ありがとう……山口さん」「はい……」
彼女の表情は寂しそうだったが、未来へと向かう決意も感じられた。