鶴の一声
「ボクに……合わせたい人?」
ボクは思わず、社長に聞き返してしまった。
「正直わたしもね。漫画にどれだけポテンシャルがあるのか、半信半疑だというのが本音だったよ」
社長の言葉に、宇津井さんも口を開く。
「そうですね。確かに、何かの商品の説明をする漫画であれば、有りかくらいにしか、思ってませんでしたね」
「それが熱い雪も降らない夏場から、ウチの商品をアピールしてくれているんだからね。むしろ今では、説明マンガの方が無いとすら思っているよ」
(説明マンガにも、良さはあるんですケドね……)と、心の底で思った。
「ところで、ボクに……」
「ああ、済まない。話がそれてしまった。実は、プロサッカーリーグのクラブチームの運営者なんだ」
「えええ!? そ、そんな、凄い人なんですか!!?」
思わず、声のトーンが高くなる。
「ああ、実はウチもサッカー関連のスパイクやユニホームを扱っている縁で、付き合わせてもらっているんだよ」
社長はいたって冷静に説明する。
「グンナーくん。もし良かったら、明日くらい彼と佐藤先生を、大倉野さんのところに連れていってやってくれないか?」
「オーケーね、わかりまーした」
社長の鶴の一声で、ボクと佐藤とグンナーさんの予定は決定された。
帰ると直ぐに、アパートに佐藤を呼び出す。
「オエッ!! ゲホッ!?」「大丈夫か、佐藤?」
「グエッ……大丈夫じゃない……胃液が……逆流して!?」
相変わらず、コミュ障の佐藤だった。
「そんなんで、明日行けるのか?」
「か、勝手に決めてきて置いて、なんだその言い草は!!?」
「だって相手は社長だぞ。断れる雰囲気じゃ、無かったんだよ」
「そこを断っての、お前だろうが!?」
「どうしてそうなる!? むしろ、お前の連載が認められて、プロの漫画家として契約するんだから、いいコトじゃないか?」
「た、確かにそうだが……人には、身の程というのがあると思わんか?」
「池田さんも、佐藤先生は凄いって言ってたぞ?」
「ま、まさかお前……彼女にまで、連絡したのか!?」
「ああ。明日は午前中で学校を切り上げて、来るそうだ」
「そんなコトが、許されるのか?」
「芽美や池田さんの学校は、商業高校だからな。許されたみたいだぞ」
「逃げたい……いや、今すぐオレは逃げる!!」
「まあ待て。オレがちゃんと、フォローしてやる。お前はただ、黙って座っていればいいんだ」
「本当か!? ウソだったら、ただじゃ……」
「多少うなずくくらいは、してもらうと思うが?」
「ま、まあ、それくらいなら……」
前日から緊張でカチコチの佐藤も、何とか了承する。
世の中、事後承諾などいくらでも転がっているという現実を、ボクは知った。