「おお、すでにネームに入ってるっスね」
「それにしても、凄いスピードだな。字は汚いケド」
「市川は昔っから、頭に思い浮かんだモノを直ぐに絵にしちゃうんスよ」
「でも、意外だなあ」「何がっスか?」
「鉛筆を転がして、ハワイでサムライがスノボとか出たときは、どうなのって思ったケド、意外になんとかなるモンだよな」
「そこが漫画の面白いとこッス。あまりに現実に縛られると、逆にリアリティが無くなっちゃうっス」
「漫画のリアリティは、現実的って意味じゃないってのが、解った気がするよ」
すると、手持ち無沙汰をしていたイリヤが、原田妹に質問した。
「でも、クレヨン転がして決めるなんて、スゴーイね」
「クレヨン?」「コレのコトでーす」
イリヤは、お尻の削れた鉛筆を持って揺らした。
「ええっ、クレヨンって鉛筆のコトだったのか?」
ボクは身近に潜む、フランス語に驚いた。
「確かに変わった決め方っスけど、演劇とかにもあるじゃないっスか」
「ああ。即興で設定やら役柄を決めて、即興で演じる訓練のコトだな?」
「そうっス。でも漫画の場合は、少し目的が違うっス」
「ん? どう違うんだ?」
「それはっスねえ。漫画のストーリーって漫画家が考えると、けっこーありきたりだったり、王道が過ぎたりするっス」
「そう言うコトか。型破りなキャラや舞台設定を入れて、運命を天に任せるコトで、ありきたりじゃない話が描けるんだな?」
「市川は、アタシと違って真面目っスからね。少しくらい型破りな方が、魅力が出るんスよ」
「現実にウソを上手く織り交ぜるのが、漫画なのか。これは勉強になるなあ」
「でも、読み切りや、連載開始のときくらいしか、使えないっス」
「確かに、ストーリーの途中で使ったら、とんでも無いコトになりそうだな」
すると市川さんが、机でトントンとA4の紙を揃えていた。
「お、描き終わったっスか?」「は、早いな」
「市川のネームを描くスピードは、アタシの三倍っス」「ス、スゲェ」
「逆にストーリーが纏まらず、思い悩むと三週間は詰まるっス」「お、おう」
ボクは原田妹が、鉛筆を使った真の理由が解った気がした。
「それじゃあ、始めるっスか?」「うん、そうだね」
「わたしもお手伝ーいね。トーン貼り、ベタ塗り、何でもやーるね」
その日、新たな漫画が産声を上げた。