愚かな賢者
コンビニのフードコートにいたのは、IT企業からの漫画依頼を仲介した男だった。
「お前さ、ネットでリアル割れしながら、商売してんだな?」
男は、コンビニご自慢のフライドチキンを、引きちぎる様に喰いながら言った。
「ま、かく言うオレも、別に隠しちゃいねーケドよ」
「ボクに関しては、ネット漫画雑誌の編集の欄に、本名も載せてますからね。住所も知らべようと思えば、調べられるでしょう」
ボクの顔は一応は、平静を取りつくろった。
「ちなみにあなたには、本名は聞かない方がいいですか?」
仲介者とは言え、クライアントの名前も知らないとは、言えなかった。
「いや……ホレ、名刺だ」
男が差し出した名刺には、『夜吸 数見』とあり、『KAZUMI-YASUI』と、ルビが振ってあった。
本名にしては相当珍しい名前であり、偽名なのかと思った。
「お前、名刺は?」「え? ……持ち合わせてません」
ボクがそう言うと、夜吸氏のサングラスに隠れた目が、血走った。
「あのさあ、ビジネス舐めてんの? コンビニに行くときだって、外出するなら名刺くらい持っておけよ」
「ス、スミマセン」ボクは謝ったが、実は名刺はまだ作ってなかった。
「まあいいや。ところでお前んトコ、社員に給料とか払ってんの?」
「いえ、雑誌を運営してるのは、ボク一人です。漫画家とはそれぞれ、契約を……」
「なんだ、お前もキレイ事を言ってた割りにゃ、やるコトやってんじゃん」
ボクは夜吸氏の言っている意味が、理解できなかった。
「最近イキがって、フリーランスとか名乗ってるヤツとかいるケドさ」
夜吸氏は、肉が無くなった骨のみを、ゴミ箱に放り込んだ。
「ほとんどのヤツは、企業の後ろ盾もねーし、交渉力もからっきしなモンだから、いいカモだよな。市場価格より、大幅に安い値段で仕事を受けやがる」
ボクは、夜吸氏の言葉に、憤りを感じたが、実際にやっている事は同じだった。
「まあ、その辺はオレらにしたって、もっと上にいる連中からすりゃあ、同じなのかもな。他人を犠牲にしてのし上がる。バカを騙して金をせしめる。それくらい、平気な顔してやんねーとな」
サングラスは、コンビニの前を走る車の、ヘッドライトやテールランプを映していた。
「お前さ。人を絶望させる、一番いい方法って知ってるか?」
夜吸氏は、おもむろに言った。
「残念ながら……知ってます……」ボクは答えた。
「へぇ、どんなだい?」
「一旦、夢を見させてから、現実を見せ、どん底に突き落とすんです」
「そっか……お前、この仕事、向いてるのかもな」
夜吸氏は、コンビニを出て行った。
世の中、『愚かな賢者』で溢れていた。