見せのコマと抜きのコマ
「オー、これで完成ですか?」グンナーさんが、質問してきた。
「いえ。今は市川さんが描いた原稿を取り込んで、それに大きさとパースを合わせただけですね」
デジタル処理でハメ込むといっても、簡単では無いのだ。
「これから、微調整をします。この場面は、ライバルの起業家大学生の、初登場シーンですからね。ここでいかに見せれるかが、勝負です」
「な、なる程……」
「この大コマは、連続写真の一枚を切り取った感じで、あえて動きを出さずに止まった感じでいこうかと思ってます」
市川さんが言った。
「そうだね。その方が、キャラクターのインパクト出て、企業のロゴも見せられる」
「質問デース。小さいコマも、写真を取り込んで入れるんデースか?」
「いいえ、そこは、テキトーでいいんです」
「テ、テキトー!? そんなのダメでーす!」
「言い方が、悪かったかな? テキトーじゃなきゃ、ダメなんです」
「テキトーじゃなきゃ、ダメ!?」
「はい。漫画は流れで読むモノです。見せのコマで丁寧に描かれたモノは、その後の小さなコマの雑な絵でも、読者は同じクオリティだと認識してしまうんです」
市川さんが、説明してくれた。
「認識させるって、言った方がいいかな。それに小さなコマまで描き込むと、画面がうるさくなってしまう。だからプロの漫画家でも、小さなコマは線を減らしたり、ディフォルメしたキャラを使う場合が多いんです」
「そーでしたか。奥がフカーイのですね、漫画とは」
グンナーさんは、少しは納得した様子だった。
「よかったら、作画やトーン張り作業も、見て行ってください」
「それでは、遠慮なくそうさせマース」
大柄なスウェーデン人は、大きな体で萩原さんの部屋を歩き回る。
「こ、これ全部、手で描いてマ~スか?」「はい」「キャラも背景も?」
「そうですよ。ホントは、グンナーさんのスノボも、手書きで描かなきゃなんですケド、時間がなくて」
市川さんが、申し訳なさそうに言った。
「ちょっと、わたしにも、描かせてくださーい」
グンナーさんは、好奇心を抑えられない人だった。
「それじゃ練習用の原稿に、このキャラクターを描いてみて」
山口さんが、道具一式をグンナーさんに手渡す。
「わかーりました。このコを描くのーですね?」
グンナーさんはGペンを握るが、線もヨレヨレでキャラも似てなかった。
「こ、これ、メチャクチャたいへんじゃ無いデ~スか!?」
「漫画って、読むのは一瞬でも、描くのはメチャクチャ手間がかかるんですよ」
ボクは、ネット漫画雑誌を始めた、最初の頃の自分を思い出していた。