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その後、しばらく固まっていた佐藤は、池田さんを送りながら帰って行った。
「あの二人……案外上手く行くかも知れないな」
ボクは、夕暮れが迫る秋の空を、眺めながら思った。
「佐藤が尻に敷かれるのは明白だケド」
次の日、ボクのスマホが鳴り響いたかと思うと、アパートのドアがドンドンと叩かれる。
「なんだ、こんな朝っぱらから……非常識にも程があるぞ……」
スマホの相手と、ドアを叩く人物は同一人物である。
「あのなー、森兼 明人。今、何時だと思ってんだ!?」
ドアを開けると、ジャージ姿のカネちーが立ってた。
「なんだ? アポなら取ったぞ?」
「本人のアパートの前で、さっさと出ろとメールを打つのは、アポとは言わん!」
夜吸さんから、散々非常識なヤツとは聞かされていたし、実際にボクも会って解ってはいたが、やはり森兼 明人は非常識だった。
「で、なんのようだ?」
「オレは、漫画……絵は描ける。だが、ストーリーがな……あまり描けん」
用件は、凄まじくシンプルだった。
「つまり、ネームを見ろと?」「そうだ」
ボクは、カネちーをアパートに入れた。
「なんだ、引き籠りのオレと、変わらない部屋じゃないか? もっとこう、お洒落な感じをイメージしていたのだがな?」
カネちーは言った。
「美少女フィギュアが飾ってあって、パソコンが無駄にたくさんある……ま、つまりオレも、最近までニートだったんだわ」
「そ、そうなのか? その割りには、社会常識はしっかりしてるな?」
「社会常識が、欠落してるのは解かってるんだな、カネちー」
ボクは、トーストにパンを二枚セットし、棚からコーヒーカップを取り出し、お湯を注いだ。
「お前、料理もできるんだな? このパン、旨いぞ!」
「これを料理と呼ぶかは、置いておくとして、ネームはどんな感じだ?」
「まあ、こんな感じ?」
ボクの部屋を見て警戒心を緩めたのか、あっさりとネームを渡された。
「いやあ、何というか……こんな芸術チックなネーム、初めて見たわ」
それは本当の意味で、絵が上手い人間の作画だった。
「なる程……確かにキャラも個性的だし、背景も描けてるが……」
「何かが、欠けている……一体、何が足りない?」
ボクも直ぐには答えが見つからず、ネームを何枚かめくって考える。
「そうだなあ……間……かな?」
「間……だと?」
カネちーは、パンをかじりながら言った。
「このネームは、溢れ出さんばかりの洪水のような勢いがある……半面、全てがそれで埋め尽くされていて、休める間が無い……」
ボクは、偉そうに言った。
正直、正解なのかは解らないが、感じたありのままを伝える。
「ここまでエネルギッシュな作品は、早々無い。だが、エネルギーってのは……」
「し……素人風情が!! お、お前に、何が解る!!?」
カネちーは、喰いかけのパンを口いっぱいに積め、コーヒーで流し込むと、アパートを跳び出だして行った。